2010年03月13日

つながり−病院で

弾発指(バネ指)というのになって病院に行きました。
待合室で待っていたら看護婦さんが来て症状を聞かれたので説明しました。
看護婦さんが「先生に説明してくる」と離れた途端、私の隣に
女の人が座り
「今、話を聞いていたら私とおんなじ」
と包帯をした手を見せてくれました。

結構痛々しい感じだったので
「えーおんなじなのかあ」と思っていたら
「私、月曜日に手術したの、痛かった」
「キャー、手術、痛いんだ」
「孫がね、親指引っ張って筋が切れたんだって」
「ん?全然違うじゃん」

看護婦さんが来て私にレントゲンを撮るように指示したら
「やっぱりおんなじだ」と納得した様子でした。

普通誰でも最初はレントゲン撮るんじゃないか、と思いましたが
笑顔で会釈をして失礼しました。

病院での人とのつながり一期一会です。
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2010年03月12日

つながりその2−かりんちゃん


亡くなった猫の名前は「ニャー」と書いてありました。

私はニャーにエサをあげたことがないし、
お花もあげていないし、シールももらっていないので
ニャーや飼い主さん、その他の方々とは薄いつながりです。

けど、この間はニャーを通じてかりんちゃんという女の子と出会うことができました。

かりんちゃんは6歳くらい。ローラースケートを習っているそうです。
猫語で歌が歌えると披露してくれました。

ちょうどアパートのところへ来た時に
「ねこちゃん、死んじゃったんだよ」と追い抜きざまに声をかけてきたのがかりんちゃんです。
「そうだね」と言ったら
「かりんちゃんね、歌が歌えるんだよ」と
「ニャーニャーニャニャニャー」と歌い始めました。最初は猫にかりんという名前をつけてて、その猫が「ニャーニャー」歌えるのかと思っていたのですが
「かりんちゃんね、スケートできるの」と言ったので、
「えええ!猫が!」と驚いて「ほんと?すごいねえ!」と言ったのですが「猫のはずがないでしょ」と心の中でひとり突っ込みして
ようやく
その女の子の名前がかりんちゃんだということに気がつきました。

「すごいねえ、浅田真央ちゃんみたい」と言ったら
「かりんちゃんのはアイススケートじゃなくてローラースケートなの」ときっぱり。
ローラースケートも教えているスタジオの前を通った時にはその前に止まって「ここで習ってる」としっかり教えてくれました。

ニャーがいたアパートから駅近くまでの3分位、かりんちゃんは私と一緒に歩いてきて ずーっとおしゃべりしていました。

ずっと後ろを家族らしき人が歩いてきているようだったので
何度か「家族の人が心配するよ」と言ったのですが、「大丈夫」と猫みたいについてきました。
大通り手前の駐車場で「ここで(家族を)待ってる」と言って石に腰掛け、しばらくしてから「バイバイ」と私を振り返らせ、手を振ってくれたので私も手を振ってさよならしました。

駅前の信号を待っていたら聞き覚えのある声が私の隣に来たので
「あ、かりんちゃん」と言ったら「また会ったね」。
お母さんらしき方とその知り合いは中国語を話していました。
本当に久し振りに人懐こい子どもに出会えて気持ちがほっこりしました。
ニャーに感謝。
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2010年03月10日

つながり

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駅に行く途中のアパート2階に住んでいた猫が亡くなったという知らせが,そのアパートの階段下の自転車篭に貼ってありました。

この猫は以前、前方から「どいてどいて」とばかりに
ニャーニャー鳴きながら私に向かって歩いてきた猫です。

とても毛並みがよくて思わず触りたくなる猫で、ファンも多く、老若男女を問わず多くの人が触ったり、立ち止まったりしてました。

プライドが高いようで、人には簡単には懐かないようでしたが、
あちこちで可愛がられていたことへの感謝の言葉がお知らせの文面に。

亡くなったのは12月なのだけれど、その後自転車篭には花が毎日のように入っていて3月になっても入っていることがありました。
その後、篭の中には猫ちゃんのシールが入ったケースに置いてあり「どうぞ」と書いてありました。

お互いに知らない者同士だけれど、猫を通じて関係が築かれているんだ、と思い東京の街での小さなかかわりにほっこりとした気持ちになりました。
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2010年01月11日

フォントの大きさ


おおお!ようやくフォントを変えることができました!
ちょっと大きすぎる?
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再放送

再放送、見ました!
栗城氏、インターネット配信の動画ではやんちゃな男の子というイメージでしたけどテレビでは繊細な青年という印象を受けました。

カトマンズの北朝鮮レストランの喜び組を何度も制止されながらもビデオに撮ろうとしたり、
ベースキャンプで真っ裸でシャワーを浴びる姿を映したりする彼と
プジャ塔の前で登山前と後に深く頭を垂れて祈る姿、
お母さんが最後に残した言葉「ありがとう」を登山中、苦しい時も何度も繰り返す彼、
どちらも彼の姿なのでしょう。

インターネットによる生中継では8000メートルの世界がリアルに目の前に広がってきました。
彼の荒い息遣いや目の前に踏み出される足元を見ているとまるで自分もその世界にいるような感覚になります。

ヒマラヤの頂上付近には遺体があって、それが道しるべになっているという話を聞いたことがあったけれど、
実際にそれを映像としてみてしまうと、限られた人しか目にすることができなかった世界がお茶の間でコーヒーを飲みながら見られてしまう不思議さを感じます。聖域が聖域でなくなる、という感じでしょうか。


湾岸戦争(ブッシュ父親の方)の時、私はイスラム国家マレーシアにいて、戦争の始まりを短波放送RADIO JAPANから聞きました。

当時はインターネットもなく、電話も新聞もない中で
夜中の12時の短波放送は唯一の日本語の情報でした。
電波が悪くてガーガーいう音の合間から聞こえてくる戦争の始まりを伝えるニュースを耳をすまして緊張して聴いたことを覚えています。

日本では当時テレビで戦争の映像が流れていたけれど、それがまるでゲームの一シーンのようでリアリティがなかった、現実の事とは思えなかった、、と友人が言っていました。

ラジオでガーガー音の中で情報を聞き取っていた方が戦争をリアルに感じ取っていたのかもしれません。

遠い世界のことも高い世界のことも、身近に感じることができる中でリアルな世界って何なのだろうと考えてしまいました。

ともあれ、栗城氏、今年の春には最後のサミットエベレストに挑戦するそうです。
是非成功させて生きて帰ってきてほしいです。
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2010年01月09日

登山家らしくない登山家 栗城史多

栗城史多氏は、私が今まで持っていた登山家というイメージからは大きくかけ離れた青年です。

お正月にチラッと見た番組「7サミット」(世界七大陸最高峰を今はこうも呼ぶそうです)で紹介されていたので、それをきっかけにブログなどを見たのですが、単独、無酸素登頂を目指している彼は普通の青年、というよりも「普通のおにいちゃん」という印象でした。

彼が注目されているのは、無酸素単独の上に登頂の様子をインターネット生中継したり、自らビデオを片手に8000メートルを撮っているということだと思いますが、画像からは
クレバスを渡る前に「くずれんなよ」ストックでつついて「くずれんじゃん」
左右をクレバスで囲まれている状況下で「チャンチャン」
ダウラギリ登頂付近の遺体を見つけて「やばい、なんだあれ」
などなど、心情がとても素直に私たちの元に届いてきます。

登頂後や登頂断念時には号泣し、(テントから出る時に)「正直行きたくない」と言ったり、「寒い」「苦しい」を連発する彼を見ていると、こういう登山家が出てくる時代になったのだと、新鮮な驚きを感じます。

加藤保雄(「マナスルの鶴」の写真を撮った人で、エベレスト登頂後行方不明になっています)や風間深志(オートバイでも有名ですね)に会った人から、彼らの素顔が口が悪かったり、バンカラだとか聞いたことがありますが、でも、マスコミではそういう素顔は見せず、少なくとも弱い部分は見せませんでした。最近では石川直樹や野口健などがいますが、マスコミにたびたび登場する野口氏でも登山中はストイック、寡黙という登山家のイメージを崩していないと思われます。

プリンが好きで、寒いところ・クレバスが苦手、高度でのカラオケや流しそうめんでギネスに挑戦、
キャンプにガスを忘れ、念のために荷上げた酸素ボンベの使い方がシェルパー共々わからなかった
などなど可愛さと危うさを持ち合わせていて、そこも人々から愛されているのかもしれません。

インターネット映像を通じて感じる「リアルさ」についても触れたいと思いますが、今日1月9日午後4時45分からNHKで、栗城氏の番組の再放送があるようです。もうすぐです。
この番組を、みようと思います。ではでは。
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2010年01月06日

新春のお喜びを申し上げます

あけましておめでとうございます。
2010年が穏やかで平和な一年でありますように。

今年初めて書くのは
「太っていてよかったその2」です。
神様に感謝はしたのですが、年始年末でもあることですし、
体重減少はなかなか難しい中、実は「その2」が待っていました。

久し振りに自転車での遠出に出かけた途中の出来事です。
(ちょっと前までは杉並から国立、上野公園、お台場まで行けたのに、今日は赤羽までが結構きつかった。目も充血してしまい、年齢を感じました、、)

細い坂道の三叉路で、軽トラが電柱のまん前で止まっていて、エンジンを入れる音がプシュシュと何回も聞こえていました。
これはどうやら電柱にぶつかってエンストをしている模様。

私に何ができるかわからないけど、自転車を止めて「大丈夫ですか?」。中のおじさん、少し困った顔で「大丈夫じゃないみたいです。曲がりきれると思ったら曲がりきれなかったんです」
「私に何かできますか?」
「後ろに下げれば、坂を下って邪魔にならない場所に出られるかもしれない」
というので、軽トラを正面からしかも登り坂を押したのでありました。押しながら、これは女の人がひとりでは無理なんじゃないかな、とか、耐え切れずに後ろに下がってしまったら私が轢かれちゃうかも、、とか思ったのですが、えいっえいっと押したらスルスル〜と後ろへバック。
よかったね。私が体重をかけて押したからできたんですよ。

新年早々人助けができて嬉しかった。

今年がいい年でありますように!


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2009年11月30日

太っていてよかった!

最近、立て続けて太っていることに感謝したことが起きました。

一つ
自転車で走っていたら、横丁から突然自転車が飛び出してきて、私に横からぶつかったのです。
すごく痛かった。
『私がこの体であなたと自転車を受け止めたからいいものの、向こうから車も来ていたし、もし私が華奢だったら絶対大事になっていたんだからね。』と思ったけど、
声に出したのは『気をつけなさいよ!』の一言。

向こうも動揺していたようで、小さい声で『すみません』とあやまりました。だからまあ許そうと思いました。

ぶつかった瞬間は相手の連絡先を聞いたほうがいいかと思ったのだけれど、しばらくして「大丈夫そうだ」と思ったのは、私の贅肉が衝撃を吸収した、と思えたからです。しばらく痛みはありましたが、骨に異常はありませんでした。
本当に太っていてよかったと思いました。

二つ目
これも他者からの衝撃を私が受け止めたのですが、場所は上野駅の昇りエスカレーターです。
すごおく大きな荷物を持った外国人が私の前に立っていました。
彼は自分と私の間にその大きな荷物を置いたのですが、何かの拍子で彼が私の方に倒れ掛かってきたのです。
前回の自転車衝突は女性でしたが、今回は上背のある欧米系の男性で、しかも、ともすると彼と一緒にその大きな荷物が私に覆いかぶさってきそうでした。

エスカレーターの事件で亡くなっている人もいる日本です。
『私がこのまま頭から後ろにのけぞってしまったら、明日の新聞にはこのエスカレーターが記事に載る』と思いました。
咄嗟にとった私の行動は前のめりになって、彼の腕とその大きな荷物を掴むことでした。
つまり、彼と荷物に体重をかけ、三者が一塊になることで、この危機的状況を回避しようとしたのです。作戦成功。
彼は姿勢を立て直し、小さい声で「ソーリー」と言いました。
『ソーリーじゃないでしょ。ここはもっと深く感謝するところでしょ。』と思いましたが、
『私が太っていて本当によかったでしょ。うんと感謝してね。』と心の中だけで言いました。

この二つの出来事の為に私は太ってきたんだと思え、神様に感謝。
でも、この出来事は終わったので、もう太っている必要はないのですよね、神様。


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2009年11月21日

『インパラの朝』中村安希

開高健ノンフィクション賞受賞作品のこの本を是非読みたくて
本屋で手に取りました。

思いのほか厚い本で(厚さの割に軽くて、最近の製本の技術力に驚きましたが)持ち歩くには嵩張りそうで、読み始めたら徹夜してしまいそうで、買うのをぐっと我慢。

しばらくは彼女のブログを読み進めることにします。

このブログが面白い。
二年間のユーラシア・アフリカ大陸旅行記なのですが、
中村氏は20代で既に鋭い観察力、洞察力、判断力を身につけていて
才能豊かな魅力的な女性であることが文面から伝わってきます。
舞台芸術家を目指してカリフォルニア大学に留学していたそうですが、
きっとどの分野でも活躍していたのではないかと思えます。

旅に関する価値観が私と重なるところが多く、
彼女の経験は私の経験、と思えてしまいます。
私は中東を一人で旅したことはないし、彼女ほど機転は利かずタフでもなかったのですが
似たようなことをあちこちで経験しました。

世界一周を目指して旅行している人はたくさんいるようで
今の時代、ブログで軌跡を残している人も多いのですが、
中村氏のすごいところは、自分が見聞きすることを
確かな知識と深い考えで分析していることだと思います。

医療関係のML(アジアパシフィック医療改革フォーラム)に登録(スタッフ??)していて病気に関するレポートをし、自分の体調についてアドバイスをもらうという発想にも驚きました。ITによる遠隔医療サポートについても言及していました。

30年近く前、沢木耕太郎の『深夜特急』を読んだ時のようなわくわくした気持ちでいます。

中村安希氏、注目です。
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2009年10月03日

いつもそこにあるもの

地元の杉並区阿佐ヶ谷すずらん通りを入ってすぐの文房具やのシャッターが下りて、公の張り紙が貼ってありました。
今までそこにあって当然だと思っていたものがなくなることの心許なさを改めて思いました。

東京メトロの車掌さんの存在も然り。
ガラス戸から垣間見える車掌さんの様子を楽しみにしていた子どもたち、悲しんだろうなあ。

大人の私にとっても、
最後尾の車両には車掌さんが乗っていて当たり前だったし、
無意識に見ていた、駅に着く度の確認作業、それが安心感につながっていたんだなあと思います。

ホームドア設置は車掌廃止が前提だったことに今頃気がついて、
単純にホームドアの存在を喜んでいたことが少々情けないです。

もう一つの「いつもそこにあったのになくなってしまったもの」は
五日市街道と善福寺川が接するところにあった「大田計器」という会社。

この会社に知り合いがいるわけではないのだけれど
桜がきれいな場所を説明するのに「大田計器」のところ、といつも言っていました。
バス停を伝える時も「大田計器」の名前が出てきました。

今は更地になり、マンションか住宅が建つようです。

ドクターイエローはいつどこで会うかわからないドキドキ感があるけれど、当然のようにいつもそこにあるものはそれだけで安心感がある。

年を重ねるという事は、そういう事や物、人との別れが多くなるという事なのですね。
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2009年09月28日

ドクターイエロー

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田町のホームでドクターイエローに遭遇しました。

噂には聞いていたけれど、あっという間の逢瀬で携帯を取り出す暇もなかった、、、。 写真は「よろずや子Boobyの自然観察日記」ブログよりお借りしました。
 
今度はいつ会えるのかなあ。
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2009年09月26日

抜け殻

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夏の終わりにベランダにセミの抜け殻発見。

注視すると背中に白い糸くずのようなものがある。

この白いものは、どうやら気管の抜け殻らしい。気管まで抜けるとは。
どうかこのセミがひと夏を全うして新しい命を育んでいますように。
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2009年06月10日

貯食

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カラスが食べ物を一時的に隠しておくことを貯食と言うらしい。

埼京線新宿駅ホームで、カラスが線路の上の方からパンの切れ端を取り出しているところを目撃しました。「これがあの貯食かあ」と思っていたのですが、何と家のベランダの隅に貯食らしき物を発見。

ご飯の固まりです。しかもふりかけ入り。
どう考えてもそこにご飯があるはずがないし、カラス達は時々家のハンガーを狙っているので、彼らにとってベランダは身近な場所だったのでしょう。最近、いらなくなった机を出していたのでその陰は絶好の隠し場所だったのだと思われます。

庭木に果物の皮を刺したり、鳥達に餌を提供することは厭わない私なのですが、この貯食は少しだけ考えてから、速やかに排除させていただきました。
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2009年06月09日

ゴネ

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GONE は ゴネ(得)とも読める。
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2009年05月27日

阿修羅展

日曜日夜、阿修羅展に行きました。

社会的現象だと言われるほどの混雑の中へは全く行く気はなかったのだけれど、そもそも人混みでの美術館や博物館には行かない方がましと思っているのだけれど

それでも私を後押ししたのは
今回の展示がガラス越しではないということと
後方からの見学が可能だということを知ったからでした。

それから、実は忌野清志郎のコンサートに行けなかったことも関係があるのかもしれません。これまたコンサートとは縁遠い私なのですが、
ブルーノートでのコンサートだけは行きたいと思い、チケット購入をトライ。当然のことながら、チケットは手に入らずあきらめました。

武道館でのコンサートはもしかしたら最後かもしれないと思っていたのに人混みは嫌だからとチケットを手に入れようともしなかったのでした。今はもう画像でしか会うことができません。

阿修羅像は多くの人と同じように私にとっても特別な仏像で、ここで無理をして会わなければ今度いつ会えるかわからないと思い、思い立って出かけたのです。会う、というのは私にとっては、阿修羅像の向かって右側の顔に後方から会うということを指すのでありました。

中二の修学旅行で初めて阿修羅像に出会い、高校の修学旅行で再会し、
向かって後方から見た右側の顔に惹き付けられて、長い間そこに佇んだことを覚えています。
多感で思い込みの強い頃に「憂い」ということばと像を重ね合わせてみていたようにも思います。

大人になってから興福寺宝物館に行った時は後方から見られなかった記憶があり、そうだとすれば、今回の再会は30年振りになります。

日曜日は雨。閉館前で、館を出る人は多かったけれど、中に入る人は
少なく、最後の最後までいたこともあり、多少落ち着いて対面することができました。

さすがに阿修羅像の回りには人がいたのですが、八部衆の「かるさ」(ガルーダのように顔が鳥の仏像)とは一対一で会うことができて、周囲に誰もいない空間での対峙は心震えるものがありました。

阿修羅像は見る方向によって表情が異なると言われていますが、本当に不思議な程角度によって印象が変わり、正面の顔を向かって右横から見ると柔和な女性のようです。
右上方から全体像を見ると精悍で美しく、私が好きな右顔も少し見えて、気品があり見ていて惹きこまれるようでした。
私は後ろ後方の姿を小1時間ずっと眺めていました。
周囲を取り巻く人は多く、雑踏の中ではあるのだけれど、静かに対面しているような気持ちになりました。

このように思い入れの強い対面だったのですが、見学している女性が右側の顔を見て「かわいい」「すてきな顔」と言ったのを聞いて、ちょっとムッとしてしまいました。しかもその女性がテレビで見たことがある人だったから余計そう思ったのかもしれませんが、私の思い入れが強いだけにムッとしたのだと思います。
私だけの!私は昔から好きなの!という独りよがりの気持ちからかもしれませんが、
一方でもしかして、私は単なる面食いなのか、、と愕然としてしまったのです。つりあがった目できれいな顔立ちは私が好きな柴犬系でもあり、東方神起のリーダーユンホ似でもあり、、。

今は仏像がちょっとしたブームで、モデルだった人が仏像に関するコメンテーターをするなど、仏像好きはお洒落だという風潮もあり、それにノッテいるとしたら、我ながら情けないという気持ちにもなってしまいました。
さすがに仏像好きがお洒落だとも自分がお洒落だとも思わないけれど、阿修羅像に惹かれるのは美しいからなのか、どうなのか、、、。

いずれにしても、今回、無理をしてでも出かけて本当によかったのですが、もう一つ、新しい発見があり面白かったです。それは係りの人の対応ついてです。

阿修羅像の回りは二重三重の人の輪があるのですが、どうしても最前線にいる人たちの動きは止まりがちになります。じっと佇んで見たくなるからだと思いますが、それだといつまで経っても後ろの人と場所を交代することができません。
そこで時計回りに回って、一周して後ろの人と交代するということを促すためにその輪に係りの人が3人くらい入って声かけをしていました。

その声かけというのが「本当に申し訳ありませんが、今半歩、少しずつでも前に進んでください」「ご協力ありがとうございます」と穏やかに穏やかに言い続けるのです。声を荒げないのがポイントです。

途中から空いて来たので、私は二回その最前線に入ったのですが、仏像よりも係りの人たちの様子に思わず注目してしまいました。パニックになるのを避けるのは穏やかで冷静な対応なんだろうなあと思ったのでした。その声が鬱陶しいといえば鬱陶しいのですが、そのお陰で大勢の人をコントロールできているのだと思えました。

それから今回、オンラインチケットというシステムを使い、事前にチケットを買って行きました。
売り場に並ばないというのは有難く、本当に便利になったと思います。歌舞伎座も同様にカード精算で当日処理できましたが、今は博物館もできるようになったのですね。何となく不安な気持ちは残るのですが、有難いシステムです。

阿修羅展は6月上旬まで、6月になると又行く人も多くなることでしょう。行くのなら今の内、それも閉館前がいいようです。インターネットの情報通り、日曜の夜は比較的空いているかもしれません。
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2009年03月04日

宗教と炊き出しボランティア

年越し派遣村のニュースが新聞をにぎわせていた頃、
神社仏閣がなぜ炊き出しをやらないのかという指摘がされていた。
教会は毎週のようにしているのに、と比較されてもいた。

それに対して「施設への寄付や地域への貢献をしている」と答えた僧侶がいたが、
正直なところ、私はお寺や神社が困っている人たちを助けるところとは思えないでいる。

このような神社仏閣への批判の気持ちは高価な墓地や葬式、あってないような値段の戒名やお布施に対する人々の不満も関係しているように思える。
坊主丸儲けという言葉に象徴されるように免除される税への気持ちもあるのかもしれない。

留学生の授業で、宗教について学習した後、タスク活動として留学生達とお寺訪問をしたことがある。
その時、留学生からの質問に対する僧侶の答えを聞いて、留学生が一様に驚いたことがある。
それは、僧侶が結婚して子どもを作ることができ、肉やお酒を口にすることができる事に対してである。
宗教につく人が普通の人であることが不思議に思えたそうだ。

厳しい修行を積んで悟りを開き、人々に尊敬される人こそが僧侶や住職の座に着くことができるのではないかという彼らの考えには尤もと頷ける。
もちろん、尊敬できる人がいない訳ではないが、周囲のお寺の住職等を見回してみると極限られているのではないかと思えてしまう。

炊き出しの話に戻れば、
教会では信者が中心になって若い人たちも活動しているように思えるが、仏教ではどうなのだろうか。
母は父が亡くなってから菩提寺での月一の集まりに参加しているが、参加者はほとんどがお年寄りだという。あの人も亡くなった、この人も、
いつかはみんなご近所になるなどと話しているらしいが(お墓が一緒だから)、花祭りの準備もお年寄りがしているという。
聖職者が、というよりは信者の年齢層の問題なのだろうか。

若い信者がたくさんいるのは新興宗教だが、彼らは人のためというよりも自分達のために活動しているのだろう。新興宗教団体が炊き出しをしているという話も聞いたことがない。

宗教とは、聖職者とは何のためにあるのか、どうあるべきなのか。
哲学書を紐解いてじっくり考えたい、そんな気持ちにさせられた。
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2009年02月23日

自転車乗り入れ禁止

1月に関西で仕事がありました。1週間缶詰だったので帰りは乗換駅の京都で下車し、久し振りの京都を楽しみました。

でも、快適とはいかなかったのが自転車です。四条付近の大通りが自転車乗り入れ禁止になっていることを知らず、長い距離を自転車をひくことになったのです。「自転車が少ないなあ」とは思ったのですが、八坂神社の駐車場の人に駐輪場は?と聞いて「乗り入れ禁止だから、そもそも駐輪場は存在しない」と言われ初めて事情を知った訳です。

確かに歩道は広いし、危ない思いもしないので、歩行者には快適です。でも、観光客はともかく通勤、通学に使う人はさぞ不便だろうなあと自転車大好きな私には他人事ではありませんでした。事実、他人事ではなかったのだけれど。

しかし、思い切ったことを。国際観光都市である京都だからできたのかなあと思います。以前、ベトナム、ハノイで自転車に乗っていて、警察官に笛を鳴らされたことがあります。「自転車で走ってはいけない」道があることを知り、外国にはいろいろなルールがあるんだなあと思ったのですが、日本でも同様のルールがあったとは(ちなみにモルディブでは人が走ってはいけない道がありました)

それでも走り抜ける自転車があり、ピピピ―と笛で注意されているのを何回か見かけました。横で自転車をひいている私でしたが、心の中で「逃げろ〜」とつぶやいておりました。
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2008年11月14日

富田選手

体操の富田選手が引退を表明した。
自分が追求していた「美しい演技」をし続けることが困難になったことを理由に挙げていた。

オリンピック自体にはあまり興味がないのだが、
富田選手の演技や言動には注目していた。

金メダルが個人だけのものではなく、
国や国民の期待につながる中で
自分の目標に忠実であり続けることは
そう簡単なことではなかったと思う。

採点方法が変わっても
そのために自分の演技の点数が伸びなくても
自分のやりたい体操を貫いている姿は潔くて格好よかった。

無口でハンサム、しかも憂いがある
という点が格好良さに拍車をかけているが、
周囲からの影響を受けやすく、自分自身のゆるぎない軸を持ちたいと
常々思っている私は
彼が憧れの先輩のように思えてしまう(私の子どもでもおかしくない年齢なのだが)。


母親曰く
「こういう人と結婚したら面白くないだろう」とのことだけれど。
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2008年11月13日

共存

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寄せ植えした緑が長い間プランター内で勢力争いをしていた。
いくつかは淘汰され、一時期は全ての緑が枯れそうになった事もあった。
この夏からはブライダルベールと名前がわからないが小さい葉を持つものとで二分されている。そして、クローバなどの雑草がスキマを埋め始め、既存の緑たちはますます元気になってきているように見える。

友人の御主人が膵臓ガンと宣告され、現在闘病生活を送っている。抗癌剤治療も始まったと聞いた。
雑草がびっしりと生えながらもますます緑がきれいになり、白い花が咲いているプランターを見ると、癌の共存を許しながらも自身の身体が元気に保たれる様子が想像され、彼の身体もそうあってほしいと強く思う。



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2008年11月09日

久し振りに

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ずっとブログを更新していませんでした。

書きたいことはあったのだけれど
ありすぎて書けなくなっていました。

オリンピックの開会式・閉会式 
政治家発言
定額給付金
政党のポスターのキャッチコピー
11月に咲く朝顔
などなど

で、6月に発見した地下鉄丸の内線四谷駅ホームから見える植物。
4ヶ月振りに覗いたらちゃんと成長していました。




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