2008年01月16日

赤い卵

以前、ハロウィンやクリスマスと自分の距離について書きとめたが、ハロウィン同様、復活祭も私にとっては身近な行事ではない。

イエスキリストの復活の日であるということと、卵に色を塗ったり絵を描いたりすることくらいしか知らない。

私にとって、復活祭は人の温かさを思い出させてくれる日だ。
そういう日にしてくれたのは、ブルガリアの田舎で出会った黒いエプロンのおばあさんだ。

ブルガリアで半年暮らした時のこと。

言葉がわからず、日常生活もサバイバルの連続だった。忙しく慌しい日々の中でようやく休みが取れ、ぶらっと田舎の町に遊びに行くことができた。感謝祭の休日だ。

ところが帰り道でバス停がわからなくなった。田舎道。人も歩いていない。

不安に思っていたら向こうから、おばあさんが二人歩いてきた。まるで絵本から出てきたように黒いスカーフと黒いエプロンをつけていた。

「バス停はどこですか」へたくそなブルガリア語だったのに、外国人だと人目でわかるのに、「ああ、あそこよ」と自然に答えてくれた。

それまでマレーシアに滞在していたこともあって、「どこから来たの」「どこでマレー語習ったの」「結婚してるの」という質問攻撃が普通だった。だから、彼女の返事は拍子抜けするほど自然だった。

外国人にほとんど接した事がないだろう人が、明らかに外国人だとわかる風貌の下手な言葉を聞いて、自然に対応できるんだと驚いた。マレーシア式の接し方も温かいけど、特別扱いも無視もしない、こういう接し方、いいなあ、と思った。

そして、その女の人は私が「ありがとう」と立ち去ろうとすると、「あ、ちょっと待って」と呼び止めてエプロンのポケットから真っ赤な卵を差し出してくれたのだ。「イースターおめでとう」と言ったような気がする。
赤い卵はイエスの血を意味し、復活祭の初日に作り、親しい人にあげるらしい。

その卵を受け取り、バス停へ歩きながら、私は何ともいえない温かい気持ちになった。当時、辛いことがあったわけではないのだが、あまりに自然な温かさに触れて、泣けてきた。

人にやさしく、自然にやさしくできる、私もそうありたいと心から思った。
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2007年08月02日

ブルガリア

南の国で経験したことを話題にすることが多いので、今回は旧東ヨーロッパブルガリアでの話。

もう15年近く前のことなので、今のブルガリアは私が知っているブルガリアとはずいぶん違っていると思うが(現に留学生に昔の写真を見せたら「懐かしい〜」を連発していた)1993年当時の話なのでご容赦を。

・ストッキング伝染修理屋さん。
伝染したストッキングを持っていくと修理してくれる。
出来上がったストッキングはどこが伝線していたのか全く分からなかった。
今日本では穿く人自体が少なくなっているが、ストッキングが貴重だった時代、日本でも修理屋があったそうだ。

・逆頷き。
イエスの場合は首を縦にし、ノーは横に振る。
これが逆であるとは事前知識で知ってはいたのだが、咄嗟には対応できなかった。

タクシーをつかまえて、「駅まで」と言ったら運転手が大きく頷いたので乗り込んだら、驚いた顔をされた。
服屋で。注文したものを取りに行く日を確認されたので、カレンダーで指された日に頷いた。次々に日にちが変わるので、おかしいと思いながら頷き続けていたら、向こうの人達が「この人、イエスって言ってるのよ」と言っているのがわかった。
posted by こおに at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | ブルガリア小話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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